母の思い出

先日、母の17回忌の法要が無事終わりました。
弟妹甥姪家族、皆元気に揃い、和やかな集いでした。
その席で、花を育てるのが大好きだった母の赤いバラの話になりました。

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大家族の農家に嫁いだ母は、大人しく真面目で良く働き、
忙しい中にも花を育てるのが大好きな人でした。
どんなに忙しくても、夕方遅くなっても庭の花の水やりを欠かしませんでした。
赤いバラは、母が大事に育てていた花の一つです。

我が家のリヴィングから、毎日眺める小さな庭、
その特等席に、母の愛したオレンジ系の四季咲きの赤いバラを植えています。
母亡き後は妹が受け継ぎ、私達が終の棲家を建てた時、
妹が挿し木にして私に贈ってくれたものです。

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写真では綺麗な色に出ませんが、とっても綺麗な赤です。
南側に山茶花の垣根があるので?、こちらを向いて咲いてくれます。
いつも母が私の生活態度を見ているような気持になります。
気持ちが凹んだ時等は「しっかりしなさい」と励まされるような気持にもなります。

そのバラも18年になり老木です。花数は少ないけれど、まだ凛として咲いています。
私が生きている間はずっと咲いていて欲しいから、
法事の席で弟達にバラの挿し木の仕方を教えて貰いました。

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発根促進剤と挿し木用の土を買ってきました。取り敢えず、この秋挑戦します。

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私は結婚後、夫の転勤で故郷を遠く離れて住む生活が続きました。
この絵は40年近く前、福岡時代、県展に出展した<市場>という50号の油絵です。

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福岡の西新でリアカーに花やお野菜等を積んで売っている小母さん達がいました。
その中で、お花屋さんの小母さんが、母のイメージと重なり描いた絵です。

静岡と福岡、なかなか会う機会が無い故郷の母を思い出しながら描きました。
「県展に入選したよ。お母さんを思い出しながら描きました。」と報告すると、
「おめでとう、良かったね、でも何か顔が・・・。」解ってもらえず残念。


他の弟妹の様に親の近くに住んでいなかったので、
母からの手紙を貰う機会はとっても多かったように思います。
晩年もらった手紙は、認知症もあり、だんだん誤字脱字が多くなり、
間違ったところには白い紙を貼り、その上から正しい文字を書いてありました。
今でも大切に残してあります。
私も物忘れをするようになった昨今、母が白い紙で訂正している姿が目に浮かびます。

親元近くに戻って来たのは亡くなる3年前でした。
他の弟妹のように傍にいて親孝行が出来なかったけれど
寝たきりで殆ど眠ったまま状態の母に我が家に来て貰い、
母方の叔父、叔母さん達と一緒に食事会をしたのが、最後の親孝行でした。
母の亡くなった年まで私はあと10年、
法要の席で読経をしながら、丁寧に過ごさなければと思いました。、


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by hibi-odayakani | 2018-09-23 14:40 | 日々の暮らし


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